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高知地方裁判所 昭和61年(ワ)190号 判決 1987年11月25日

原告

株式会社東部自動車学校

右代表者代表取締役

北村憲一郎

北村憲一郎

別役一正

右三名訴訟代理人弁護士

楠瀬輝夫

被告

株式会社龍河洞スカイライン

右代表者代表取締役

掛水俊彦

右訴訟代理人弁護士

隅田誠一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対しそれぞれ二一七八万三九三三円及びこれに対する昭和六〇年七月二三日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和四五年に設立された有料道路事業を経営する株式会社である。

2(一)  被告の日本開発銀行からの借入れ等

被告は、日本開発銀行から、昭和四七年三月二四日に一億八〇〇〇万円、同年四月二五日に二億二〇〇〇万円の合計四億円を借り受け、株式会社高知新聞社(以下「訴外高知新聞」という。)、原告株式会社東部自動車学校(以下「原告自動車学校」という。)、同北村憲一郎(以下「原告北村」という。)及び同別役一正(以下「原告別役」という。)が、右各債務につき連帯保証した。

訴外高知新聞は、右保証債務の履行として、日本開発銀行に対し、昭和五一年九月三〇日に四九四七万六二〇〇円(内二〇〇円は送金手数料)、同年一一月二五日及び翌五二年二月二五日に各五二五万円の合計五九九七万六二〇〇円を代位弁済した。

その後、被告はその増資金から五〇〇〇万円を訴外高知新聞に支払つたが、残金九九七万六二〇〇円は未払いのままとなり、原告北村は、訴外高知新聞から、右残金のうちの四分の一である二四九万四〇五〇円及びこれに対する最後の支払日以降の法定利息を求償される立場になつた。

(二)  被告の日本不動産銀行等からの借入れ等

被告は、株式会社四国銀行(以下「訴外四国銀行」という。)の支払保証のもとに、①株式会社日本不動産銀行から昭和四七年八月三一日に二億円、②株式会社日本長期信用銀行から同年九月一四日に一億円、③株式会社日本興業銀行から同月一八日に一億円の合計四億円を借り受け、訴外高知新聞、原告自動車学校、同北村及び同別役外一名が右各債務につき連帯保証をした。

訴外四国銀行は、右支払保証に基づき、右三銀行に対し、昭和五一年一〇月八日に右四億円のうち三億六七七八万七六二一円を代位弁済した。そこで、訴外高知新聞は、訴外四国銀行から右代位弁済による求償権の行使を受け、昭和五一年一〇月三〇日から翌昭和五二年二月二八日までの間に、合計一七七八万七六二一円を保証債務の履行として訴外四国銀行に支払つた。

そこで、原告三名は、訴外高知新聞から、右支払金のうち各五分の一の三五五万七五二四円及びこれに対する最後の支払日以降の法定利息の支払を求償される立場になつた。

(三)  被告の高知県共済農業共同組合連合会等からの借入れ等

被告は、訴外四国銀行の支払保証のもとに、①高知県共済農業共同組合連合会(以下「訴外共済連」という。)から昭和四七年一月三一日に五〇〇〇万円、同年一一月二五日に一億五〇〇〇万円、同年一二月三〇日に五〇〇〇万円の合計二億五〇〇〇万円を借り受け、②高知県信用農業共同組合連合会(以下「訴外県信連」という。)から昭和四六年一二月二五日に五〇〇〇万円を借り受け、訴外高知新聞、原告自動車学校、同北村及び同別役外一名が右各債務につき連帯保証をした。

訴外四国銀行は、右支払保証に基づき、昭和五一年一〇月四日に、訴外共済連に対し右二億五〇〇〇万円のうち八七五〇万七八三五円を、訴外県信連に対し、右五〇〇〇万円のうち七八三万四三〇二円をそれぞれ代位弁済した。そこで、訴外高知新聞は、訴外四国銀行から、右代位弁済による求償権の行使を受け、同日、右合計九五三四万二一三七円を保証債務の履行として訴外四国銀行に支払つた。

そこで、原告三名は、訴外高知新聞から、右支払金のうち各五分の一の一九〇六万八四二七円及びこれに対する最後の支払日以降の法定利息の支払を求償される立場になつた。

(四)  訴外高知新聞は、右求償権に基づき、①原告北村に対し、二四九万四〇五〇円及びこれに対する昭和五二年二月二五日から完済まで年五分の割合による金員(前記(一)項参照)を、②原告三名に対し、連帯して二二六二万五九五一円及び内三五五万七五二四円に対しては昭和五二年二月二八日から、内一九〇六万八四二七円に対しては昭和五一年一〇月四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払(前記(二)、(三)項参照)をそれぞれ求める訴えを、昭和五四年に高知地方裁判所(同庁昭和五四年(ワ)第一九三号事件)に提起した。

同裁判所は、昭和五八年二月二三日に訴外高知新聞の右請求を全面的に認容する判決を下し(翌二四日に更正決定している。)、これに対し原告三名が控訴したが、高松高等裁判所は、昭和六〇年七月一八日に右原告三名の控訴を棄却する旨の判決を下し(同庁昭和五八年(ネ)第三六号事件)、原告三名が上告することもなく、右判決はその頃確定した。

(五)  そこで、原告三名は、右判決に基づいて、昭和六〇年七月二二日に訴外高知新聞に対し、次のとおり、その負担部分を支払つた。

(1) 原告自動車学校

訴外高知新聞が訴外四国銀行に支払つた金額のうちの五分の一の負担部分及びその遅延損害金(請求原因欄2(二)(三)参照)

三二五〇万九七三〇円

(2) 原告北村

訴外高知新聞が日本開発銀行に支払つた金額のうちの残額九九七万六二〇〇円の四分の一の負担部分及びその遅延損害金(請求原因欄2(一)参照)

三五四万二二三四円

訴外高知新聞が訴外四国銀行に支払つた金額のうちの五分の一の負担部分及びその遅延損害金(請求原因欄2(二)(三)参照)

三二五〇万九七三〇円

右合計   三六〇五万一九六四円

(3) 原告別役

訴外高知新聞が訴外四国銀行に支払つた金額のうちの五分の一の負担部分及びその遅延損害金(請求原因欄2(二)(三)参照)

三二五〇万九七三〇円

(4) 右合計

一億〇一〇七万一四二四円

3(一)  被告は、会社設立数年後にして経営不振に陥り、前記銀行借入金を含め二一億円余りの債務を負担したため、昭和五一年に高知地方裁判所に和議の申立てをおこない、同年九月二四日に和議開始決定がなされ、同年一〇月二一日に和議の認可決定がなされ、同決定はその頃確定した。

右和議認可決定の際の和議条件は次のとおりである。

(1) 和議債権者は和議債権の六割を免除し、かつ、残額に対する本件和議申立ての日以降の利息及び損害金を免除する。

(2) 和議債務者は前項の和議債権(四割)を昭和五二年から毎年三月及び九月の各末日限り二〇分の一以上宛分割支払、遅くとも昭和六一年九月末日までに完済する。

(二)  原告らは、主債務者である被告に対し、訴外高知新聞に支払つた前記金額(請求原因欄2(五)参照)を求償したところ、被告は、前記和議認可決定があるところから、原告ら保証人の求償権は和議債権であり、その支払条件は右和議条件に制約されるとして、その全額の支払を認めない。

(三)  ところで、訴外高知新聞が、日本開発銀行に弁済した前記五九九七万六二〇〇円(請求原因欄2(一)参照)については、訴外高知新聞が日本開発銀行の有していた抵当権(被告所有の道路交通事業財団に対し設定されていたもの)を法定代位により取得したので、原告らとしても、右和議条件にかかわらず、全額を被告に対し求償できる立場にある。

しかしながら、訴外四国銀行が、株式会社日本不動産銀行外二行に対し弁済した前記一七七八万七六二一円(請求原因欄2(二)参照)、訴外共済連に弁済した前記八七五〇万七八三五円及び訴外県信連に弁済した前記七八三万四三〇二円(請求原因欄2(三)参照)の合計一億一三一二万九七五八円については、被告所有の道路交通事業財団に対していずれも根抵当権が設定されていたが、訴外高知新聞と被告との取引の都合上、訴外高知新聞が代位行使しなかつたため、被告は右金額につき抵当権の実行を免れ、同額の利得を保有したまま現在に至つている。

(四)  原告三名が、右一億一三一二万九七五八円のうち、昭和六〇年七月二二日、訴外高知新聞に支払つたのは遅延損害金を含め合計九七五二万九一九〇円(一人当り三二五〇万九七三〇円)であり(請求原因欄2(五)参照)、被告は、右合計金額のうち三二一七万七三九一円の支払義務を認めている。しかし残りの六五三五万一七九九円(原告一人当り二一七八万三九三三円)についても被告には原告三名に対し支払義務があり、原告三名の支出により同額の利得を保有している。

4  原告らと被告との間には、何らの法律的関係はなく、したがつて、原告らの前記支出(原告一人当り二一七八万三九三三円)により、被告に同額の財貨が移転したのは何ら法律上の原因に基づかないものである。

5  仮に、前項の主張が認められないとしても、原告らは、主債務者である被告に対し、訴外高知新聞に支払つた合計九七五二万九一九〇円(原告一人当り三二五〇万九七三〇円)を求償できる立場にあるから、被告がその支払義務を認めている三二一七万七三九一円を除く残額六五三五万一七九九円(原告一人当り二一七八万三九三三円)の支払を請求する。

6  よつて、原告らは、被告に対し、主位的には不当利得返還請求権、予備的には求償権に基づき、不当利得金ないし求償金各二一七八万三九三三円及びこれに対する原告らが負担部分を訴外高知新聞に支払つた翌日である昭和六〇年七月二三日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実はいずれも認める。

3  同3について

(一) (一)(二)の各事実は認める。

(二) (三)の前段の事実は認め、後段の事実のうち訴外四国銀行が原告ら主張の根抵当権を有していたこと、同根抵当権が実行されなかつたことは認め、その余は否認又は争う。

(三) (四)の事実のうち、原告らが昭和六〇年七月二二日訴外高知新聞に原告ら主張の金額を支払つたこと、被告が原告ら主張の金額の支払義務を認めていることは認め、その余は否認又は争う。

4  同4ないし6の事実ないし主張は、いずれも否認又は争う。

三  被告の主張

1  和議債権とは、債務者に対し、和議開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権で、一般の優先権ある債権を除いたものをいう(和議法四一条、四二条)。したがつて、別除権付債権であつても和議開始前の原因に基づく債権は和議債権であるから、特定の財産に対し別除権を行使する場合以外、すなわち、例えば別除権を放棄したり、別除権行使により弁済を受けることができない債権額等、事実上、法律上を問わず、別除権と関係なく債務者に対し権利を行使する場合は、すべて和議債権として和議の効力を受けるものと解すべきである。

2  そして、いわゆる根抵当権によつて担保される債権は、元本確定の時点において存在した債権のみであり、これのみが別除権付債権となる。そして、元本確定の事由は、根抵当権者が、抵当不動産につき競売を申し立てた時等(民法三九八条の二〇)であり、和議の申立て等はこれに該当しない。

3  本件において、原告らは、共同保証人である訴外高知新聞に対し、その負担部分を支払つたのである(請求原因欄2(五)参照)から、主たる債務者である被告に対し、求償権を行使することができる。

ところで、訴外高知新聞が、昭和五一年一〇月頃、訴外四国銀行に、その保証債務を履行する(請求原因欄2(二)(三)参照)に際し、被告は、訴外四国銀行が被告所有の道路交通事業財団に対し有していた根抵当権(請求原因欄3(三)参照)の元本確定請求をしなかつた。その理由は、当時、被告としては、訴外高知新聞、同四国銀行等の協力を得て減資、和議、増資等一連の経済的再建策を実行しつつある段階で、そのため右根抵当権を活用せざるを得ない状況にあつたためである。そして、和議の申立ては、元本確定の事由でなくその他右根抵当権の元本を確定させる事由がなかつたのであるから、訴外高知新聞の訴外四国銀行に対する前記保証債務の履行により、訴外高知新聞の被告ないし原告らに対する求償権、したがつて原告らの被告に対する右求償権は、右根抵当権により担保されない債権となつた。

そして、右求償権は、被告の和議開始(昭和五一年九月二四日)前の原因(請求原因欄2(二)(三)参照)に基づき生じたものであるから、別除権のない和議債権というべきである。

4  このように、原告らの被告に対する右求償権は、別除権のない和議債権となるのであるから、和議の効力を受け、本件和議認可決定の際の和議条件(請求原因欄3(一)参照)のとおり、和議債権の六割を免除したこととなり、右免除部分につき被告が利得を得ることは法律上の原因があり、原告らが被告に対し訴えをもつて求償権を行使することは許されない。

四  原告らの反論

1  以下のことからすると、本件においては、法律上の原因が存在しないとして被告の不当利得を認めるのが不当利得制度の趣旨である公平の理念に合致する。

(一) 訴外高知新聞が、訴外四国銀行に対し、保証債務を履行した(請求原因欄2(二)(三)参照)が、右はいずれも被告所有の道路交通事業財団に設定されていた根抵当権の元本確定前であつた(同欄3(三)参照)ため、原告らは根抵当権を代位行使できなくなつた(民法三九八条の七)。

(二) しかし、訴外高知新聞は、被告の大株主であり、被告としては、訴外高知新聞の右保証債務履行前に、民法三九八条の一九によりいつでも元本の確定請求ができる(そうすると、原告らの被告に対する求償権の行使も別除権付きとなる。)のに、右両者間の都合によりこれをしなかつたのは、公平の理念に反する。

(三) 次に、民法三九八条の七は、元本確定前に保証債務等を弁済した者はその債権につき根抵当権を行使できないと規定している。このような場合、右根抵当権の得喪につき債務者には実質的な不当利得があり、代位弁済者は債務者に対し不当利得返還請求権を有するというべきであるが、通常は、代位弁済者が債務者に求償権を有するので、不当利得返還請求権を論じる実益がないにすぎない。したがつて、利得が、右規定によつて生じたとしてもそれをもつて直ちに法律上の原因があるということはできない。

本件において、訴外高知新聞ないし原告らの被告に対する求償権が、和議条件により制約されるとなると、右求償権のほかに不当利得返還請求権を認める実益があり、被告は元本確定前の保証債務の履行という偶然の事情により、利得を得、訴外高知新聞ないし原告らに損失を与えたのであるから、右は法律上の原因のない利得というべきである。

(四) 更に、被告の所有する道路交通事業財団には、第一順位で四億円の抵当権が(日本開発銀行が抵当権者、請求原因欄2(一)参照)、第二順位で極度額一二億円の根抵当権がそれぞれ設定され(訴外四国銀行が根抵当権者、請求原因欄2(二)(三)参照)、右被担保債権の総額が一一億円であることからすると、右財団の価値は、当時は高かつたものと考えられ、また、被告は、訴外高知新聞が前記代位弁済をした直後の昭和五二年二ないし三月頃に金融機関に対し残債務総額九億六四〇〇万円を支払つていることからすると、被告には相当の資力が存在したものといえる。

そうすると、訴外高知新聞が、訴外四国銀行にその保証債務を履行した(請求原因欄2(二)(三)参照)当時、訴外四国銀行の根抵当権を代位行使すれば、右金額を全額回収することができたはずである。

ところが、右根抵当権の元本が確定しなかつたため、右根抵当権の代位行使ができず、かつ被告の和議認可決定により、右求償権の別除権を行使し得ないばかりか和議債権として和議条件に従い額面の四割しか主張し得なくなることは、不公平というべきである。

2  以下のことからすると、本件において被告が原告らの求償権につき、和議債権として六割の免除を主張することは信義則ないし禁反言に違反する。

(一) 被告は、右求償権全額につき、その支払義務を認めていたものである。

(1) 前記和議認可決定確定(請求原因欄3(一)参照)後の被告の第一回決算期の貸借対照表及び財産目録には、和議債権合計三億八五一四万七五五九円、和議債権者として訴外高知新聞、同清水建設及び同竹中土木が記載されている。

(2) 他方、右貸借対照表及び財産目録には、未払金として一億九一四六万一八四八円、うち訴外高知新聞に対する未払金は一億九一〇六万八四三一円と記載され、右未払金はその後昭和六〇年の決算期まで、以下のような経過で存続している。

昭和五二年 一億九一〇六万八四三一円

昭和五三年 一億五六七六万八一七四円

昭和五四年 一億五五九六万八一七四円

昭和五五年 一億五五七六万八一七四円

昭和五六年 一億五五五六万八一七四円

昭和五八年 一億四七九六万八一七四円

昭和五九年 一億四七五六万八一七四円

昭和六〇年 一億四七一六万八一七四円

(3) ところで、訴外高知新聞が代位弁済した前記求償権(請求原因欄2(一)ないし(三)参照)は、前項の昭和五二年から同六〇年までの未払金に含まれており、右未払金は被告において右約一〇年間にわたり取締役会・株主総会において承認してきたものである。

(4) 原告らは、前記のとおり、訴外高知新聞に対し、その負担部分を支払つた(請求原因欄2(五)参照)ので、被告に対し、同額の求償権を取得したが、右に述べた事情を考えると、被告において原告らの被告に対する右求償権についてもその全額を当然のこととして承認していたはずのものである。

事実、被告は、原告自動車学校に対し、昭和六〇年八月二〇日、原告らが被告に対し、合計一億〇一〇七万一四二四円の求償権を取得したことを認めている。

(二) 原告らと訴外高知新聞との前記訴訟(請求原因欄2(四)参照)の経過、被告と訴外高知新聞との関係等からすると、被告の主張は禁反言に反する。

(1) 被告会社は、当初、訴外高知新聞、原告自動車学校等により昭和四五年に設立され、原告北村が社長、同別役が副社長として、その事業目的のための建設の責任者となつていたが、右工事が完了し、営業が開始してわずか四か月後の昭和四八年八月に、訴外高知新聞の代表取締役福田義郎の一言で辞任している。

右福田は、被告会社の経営を一手に握り、巨額の資本を投じて数々の設備投資を行い、その間関係者には経営を一任してくれれば、金銭的迷惑は掛けないと公言していた。こうして、訴外高知新聞は、被告会社の減資、和議、増資等により実質上被告会社を所有するにいたつたもので、訴外高知新聞が行つた本件代位弁済(請求原因欄2(二)(三)参照)も、保証人という立場ではなく経営者として弁済したものというべく、そもそも原告らに対する求償権行使の意思もなかつた。

ところが、訴外高知新聞は、原告らが被告会社の経営から手を引いて六年もたつてから、右事情とは矛盾する前記訴訟を提起してきたもので、原告らと訴外高知新聞社との長期にわたる裁判闘争となつたものである。

(2) 前記訴訟において、原告ら及び訴外高知新聞は、いずれも被告に対し、求償権の全額行使ができることを前提とし、事実、右裁判の第一、二審判決においてもこのことを認めている。そして、原告らが、右訴訟において上告を断念した理由の一つに、原告らが被告に対し、求償権を全額行使できることがあつた。

ところが、原告らの被告に対する求償権行使につき、和議債権であることを理由に六割の求償権行使を認めないことは、原告らの弁済を受けられる債権額が大幅に減少するほか、前記訴訟において訴外高知新聞の担保保存義務等重要な争点につき、上告審の判断を受ける道を閉ざされたこととなり、原告らは多大の損害を被ることとなつた。

(3) 被告は、訴外高知新聞社と法人格は別であるが、実質的には訴外高知新聞社の営業の一部門であり、被告と訴外高知新聞との利害は一致している。

(4) ところで、他人を信頼させる表示をした者は、自ら真相を知らず、それを知らないことにつき過失がなく、更に自己の表示が他人に信頼されることを知らなくても右真相を主張することはできず、右表示に従つた責任をとらなければならないとするのが禁反言である。

本件において、被告は、右に述べたことのほか、前項で述べたように貸借対照表・財産目録の記載等からすると、その表示に従い原告らの求償権全額につき、支払うべきである。

五  原告らの反論2に対する被告の反論

1  (一)に対する反論

原告ら主張の貸借対照表・財産目録には、「未払金 高知新聞社 金・・・円」「和議債権 高知新聞社 金・・・円」等と記載されているが、右記載を被告会社の株主でもない原告らに対する被告の意思表示と解することはできない。

また、被告が、昭和六〇年八月二〇日に原告らの求償権を認めたのは要素に錯誤があり、無効である。

2  (二)に対する反論

まず、原告らは、被告と訴外高知新聞が実質的に同一であることを前提とするが、法律上同一人格とみなすことができないのはいうまでもない。しかも、原告らはいずれも被告会社設立当初の役員ないし株主であつたこと、訴外高知新聞は、原告らを含む被告会社の株主・利害関係人らの総意・懇請に応じてやむなく被告会社再建に乗り出したこと、再建の方法としての和議申立てにつき役員であつた原告らはこれに同意し、かつ増資の引受けに応じないため多大の犠牲を払つて訴外高知新聞がこれを引き受け、結果として最大の株主となつてしまつたこと、原告らも右事情につき当時は感謝していたことからすると、原告らの右主張自体が信義に反するものというべきである。

次に、原告らと訴外高知新聞との前記訴訟において、原告らが被告に対し、求償権を全額行使できることが前提とされていたことはない。そもそも、右求償権が、和議債権に該当するかどうかにつき議論の対象になつたことはなかつた。

最後に、原告らと訴外高知新聞との求償関係は保証人相互間のものであり、保証人と主債務者である被告との間の関係ではないから、被告が和議債務者であるかどうかは保証人相互間の求償関係にはなんらの影響もない。原告らの被告に対する求償権行使が六割免除の和議債権とされるのは、あくまで和議認可決定の効果にほかならない。そうすると、原告らの訴外高知新聞に対する支払額と被告に対する求償可能額との差損と、上告審の審判を受ける利益ないし前記貸借対照表等の書類を原告らが信頼したこととの間には、なんらの相当な因果関係はないというべきで、原告らの禁反言違反の主張は失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一争いのない事実

請求原因1の事実、同2の事実、同3(一)(二)の各事実、同3(三)の前段の事実、同3(三)後段の事実のうち訴外四国銀行が原告ら主張の根抵当権を有していたこと、同根抵当権が実行されなかつたこと、同3(四)の事実のうち原告らが昭和六〇年七月二二日訴外高知新聞に原告ら主張の金額を支払つたこと、被告が原告ら主張の金額の支払義務を認めていることは、いずれも当事者間で争いがない。

二法律上の原因の存否ないし求償権行使の可否

1 和議法五七条で準用する破産法三二六条二項によれば、和議は和議債権者が和議債務者の保証人に対して有する権利に影響を及ぼさないと規定しており、したがつて、和議債権者に一部の支払をし、残債務を免除する旨の条件による和議認可決定が確定した場合においても、なお保証人は和議債権者の請求により債権の全額を弁済する義務があることは明らかである。そして、右弁済をした保証人が和議債務者に対し有する求償権は和議法四五条で準用する破産法二三条二項にいういわゆる和議債務者に対して行うことあるべき将来の請求権にほかならず、したがつて、右求償権については保証人もまた和議債権者の一人として、和議法五七条で準用する破産法三二六条一項により和議の効力に服することとなる。その結果、右求償権は、和議債権中和議条件にしたがい和議債務者に支払をなすべき部分に存することは勿論であるが、和議条件にしたがい免除された部分についてはいわゆる自然債務になると解するのが相当である。仮に右免除部分が自然債務といえないとしても、同部分については法律の規定により求償権は存在しないとしたものと解するのが相当である。そうすると、保証人は、和議債権の全額を完済した場合には、和議債務者に対しては和議債務者が和議条件にしたがい支払うべき部分に対し訴えをもつて求償権を行使することはできるが、和議条件にしたがい免除された部分については和議債務者に対し訴えをもつて求償権を行使できないか、何らの求償権も有しないものとなる。右の理は、和議債務者に複数の連帯保証人がいてそのうちの一人が和議債務者の債務を全額弁済し、連帯保証人間の負担部分にしたがい他の連帯保証人がその負担部分を前記連帯保証人に弁済し、右弁済部分を和議債務者に求償する場合にも同様である。

2  前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告に対し昭和五一年一〇月二一日に和議認可決定がなされ、その頃同決定が確定したこと、右和議条件は請求原因欄3(一)記載のとおり(その要旨は、和議債権のうち六割を免除し、残り四割を分割弁済するというもの)であること、被告は、訴外四国銀行の支払保証のもと、昭和四六、四七年に日本不動産銀行等(請求原因欄2(二)参照)及び訴外共済連等(同欄2(三)参照)から多額の融資を受け、右融資に際し原告ら及び訴外高知新聞が連帯保証したこと、その後、支払保証をしていた訴外四国銀行が、昭和五一年に右日本不動産銀行等の債権者に対し、代位弁済したこと、そこで、訴外四国銀行は、連帯債務者の一員である訴外高知新聞に対し、その求償権を行使したところ、訴外高知新聞は請求原因欄2(二)(三)記載のとおりの弁済をしたこと、その後、訴外高知新聞から原告らに対する求償権請求訴訟を経て、原告らが訴外高知新聞に対し、請求原因欄2(五)記載のとおりの弁済をしたこと、原告らが被告に対し本来、求償できるのは九七五二万九一九〇円(原告一人当り三二五〇万九七三〇円)であるが、うち三二一七万七三九一円は前記和議条件により被告が分割弁済すべき部分で、残り六五三五万一七九九円(原告一人当り二一七八万三九三三円)が前記和議条件により免除された部分であることが認められる。

そうすると、原告らは右三二一七万七三九一円の部分については原告らは被告に対し求償権を行使することができるが、残り六五三五万一七九九円(原告一人当り二一七八万三九三三円)の部分は、いわゆる自然債務か、少なくとも法律の規定により求償権がないとされた部分といわなければならない。したがつて、右六五三五万一七九九円(原告一人当り二一七八万三九三三円)の部分につき被告が利得を保有することは法律上の原因があるということができ、同部分につき原告らが被告に対し訴えをもつて求償権を行使することはできないものといわなければならない。

3  原告らは、法律上の原因がない旨強く主張する(事実欄第二四1参照)ので、以下検討する。

(一)  まず、原告らが、法律上の原因がないとして主張する要点は、つまるところ、訴外四国銀行が被告所有の道路交通事業財団に対し有していた根抵当権の元本を被告が確定させず、その結果、原告らが訴外高知新聞に共同保証人としての負担部分を履行したのに伴い、原告らが被告に対し行使すべき求償権が別除権付きでなくなつたのは不公平であるということにあるものと解される(とりわけ事実欄第二四1(一)(二)(四)参照)。

ところで、民法三九八条の一九によれば、根抵当権設定者が担保すべき元本の確定を請求することができるのは、根抵当権設定契約から三年を経過したときと規定されている。本件において、<証拠>を総合すると、原告ら主張の根抵当権設定契約が締結されたのが、昭和四八年一二月三日であることが認められ、他方、訴外高知新聞が訴外四国銀行にその保証債務を履行したのが昭和五一年一〇月四日から翌五二年二月二八日までであることは当事者間に争いがない(事実欄第二一2(二)(三)参照)。そうすると、訴外高知新聞がその保証債務を履行した時点では既に担保されるべき元本の一部分ではあるが、民法三九八条の一九に定める根抵当権設定契約から三年を経過したときの要件を満たさず、根抵当権設定者である被告自ら元本確定の請求ができない場合であつたことになる。

さらに、民法三九八条の一九の趣旨は、確定期日の定めのない根抵当権設定契約により、根抵当権者が長期間にわたり根抵当権による拘束を受ける不利益を生じるため、これを救済することであり、原告らが主張するように、根抵当権設定者である被告の連帯保証人(原告ら)を救済するものではない。したがつて、被告には右規定により、元本を確定させる義務は何らなく、この点に関する原告らの主張は失当である。

(二) 次に、原告らは、民法三九八条の七を引用して、本件においては不当利得返還請求権を認める実益がある旨強く主張する(事実欄第二四1(三)参照)が、既に述べたところ(理由欄二12参照)からして、原告らの主張は失当である。

4  原告らは、被告が原告らの求償権を和議債権としてその支払を拒否するのは信義則ないし禁反言に反する旨強く主張する(事実欄第二四2参照)ので、以下検討する。

(一)  まず、被告において、原告らの被告に対する右求償権全額の支払義務を認めていたとの点について検討する。

<証拠>を総合すると、被告の昭和五二年三月三一日現在の貸借対照表ないし財産目録には、和議債務合計三億八五一四万七五五九円(うち訴外高知新聞三億七四九三万七二三〇円、清水建設一〇〇二万四五九〇円、竹中土木一八万五七三九円)、未払金合計一億九一四六万一八四八円(うち訴外高知新聞は一億九一〇六万八四三一円)と記載されていること、右未払金のうち訴外高知新聞に関するもののその後昭和六〇年三月三一日現在に至るまで(昭和五七年三月三一日現在の分を除く。)の内容は原告ら主張のとおり(事実欄第二四2(一)(2)参照)であること、被告が、昭和六〇年八月二〇日に原告自動車学校に対し、原告らが被告に対し合計一億〇一〇七万一四二四円の求償権を取得したことを認めたことが認められる。

右事実によれば、なるほど、被告においては、訴外高知新聞ないし原告らの被告に対する求償権を和議債権として理解していなかつたことが認められる。しかし、右貸借対照表ないし財産目録の記載により求償権たる和議債権が和議債権でなくなるとの法律上の効果は何ら認められていない。また、被告が、原告自動車学校に対し右求償権を認めたことも、右求償権がいわゆる自然債務であるとすれば、その債務を認めたものとも考えられ、仮に、自然債務でないとしても、右意思表示はいわゆる錯誤無効と認められる(前記証拠及び弁論の全趣旨により認める。)。

もつとも、原告らは、右事実をもつて、原告らの被告に対する右求償権を和議債権と主張するのが信義則ないし禁反言に反すると主張するのであるが、原告らの右主張が認められるためには、原告らが、前記貸借対照表ないし財産目録及び被告の原告自動車学校に対する前記意思表示を信頼し、それに基づき行動したときに限り被告の右表示にしたがつた責任を追及できるものと解するのが相当である。本件記録を検討しても、原告らが、右のような信頼に基づき、原告らが訴外高知新聞に対し共同保証人としての負担部分を弁済し、被告に対する右求償権を取得したと認めるに足りる証拠はない。とりわけ、前記認定のように、被告が、原告自動車学校に対し、原告らが被告に対し合計一億〇一〇七万一四二四円の求償権を取得したと認めたのは昭和六〇年八月二〇日であり、右は原告らが、訴外高知新聞に共同保証人としての負担部分を弁済した昭和六〇年七月二二日(この点は当事者間に争いがない。)よりのちのことであることからすると、原告らが、被告の原告自動車学校に対する前記意思表示を信頼して行動したとは到底いえない。

したがつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

(二)  次に、被告と訴外高知新聞とは実質的に同一であり、原告らと訴外高知新聞間の前記求償金請求訴訟の経過等からすると、被告において、原告らの被告に対する求償権が和議債権であると主張するのは、禁反言に反するとの主張について検討する。

原告らは、被告と訴外高知新聞とは実質的に同一であると主張する。なるほど、<証拠>を総合すると、訴外高知新聞は被告の株式のうち九割を越える株式を保有する大株主で、被告は訴外高知新聞の実質的な一営業部門であることが認められる。しかし、被告と訴外高知新聞とはあくまで法律上の別の法人格を有するもので、いわゆる法人格否認の法理により被告の法人格が否定されるような証拠は何ら存しない。そうすると、仮に、原告らと訴外高知新聞との間の前記訴訟において、原告らの被告(主たる債務者)に対する求償権が全額行使できるとの前提があつたとしても、これをもつて被告が原告らに右求償権全額行使を認める外観を作り出したとは到底いえない。

しかも、<証拠>を総合すると、原告らと訴外高知新聞の前記訴訟において争点となつたのは、いずれも連帯保証人である原告ら及び訴外高知新聞間の求償権であつて、本件で問題としている原告らの被告(主たる債務者)に対する求償権が和議債権に該当するかどうかの点が争点となつた形跡がないことが認められるのであるから、そもそも、原告らの被告(主たる債務者)に対する求償権が全額行使できるとの前提があつたものと認めることすらできないといわなければならない。

もつとも、<証拠>によれば、右訴訟の第一、二審の裁判所がいずれも、原告らが被告(主たる債務者)に対し求償権行使ができる旨の判示をしていることが認められるが、右判示内容からすると、前記訴訟において訴外高知新聞が原告らに連帯保証人間の求償権を行使することが信義則ないし権利濫用になるかどうかの観点から判示するのに際し、原告らが主たる債務者である被告に対する求償権があることを一般的に判示したにすぎないもので、右求償権が和議債権に該当するかどうかについてまで判示したものではない。しかも、右判示はあくまで裁判所の判断であつて、右判示事実をもつて、被告が原告らに対し原告らの被告に対する求償権が和議債権でないとの外観を作り出したものということは到底いえない。

以上、要するに、原告らと訴外高知新聞との前記求償金請求訴訟の経過等を考慮に入れても、被告が原告らに対し禁反言に基づく責任を負うことはないといわざるを得ない。

三結論

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官横山光雄)

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